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CBD製品におけるTHCのしきい値について:
CBDと医療大麻の違いを通じて考える

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目次

  • はじめに
  • CBDと医療大麻はどこが違うのか
  • シャーロットと2014年農業法が生んだCBDブーム
  • 制度としての医療大麻
  • 広義の「医療大麻」に含まれる3つのカテゴリー
  • アメリカで勃発した大麻 vs ヘンプの闘い
  • 日本の患者への影響
  • 最後に

1. はじめに

ご存じの方も多いと思いますが、昨年12月、1948年の制定以来75年ぶりに大麻取締法の改正が決定しました。現在その施行を待っているところですが、5月30日、厚生労働省は、10月1日に施行される新法に関するパブリックコメントの募集を開始しました。

改訂点はいくつもありますが、CBDユーザーに最も関係が深く、CBD市場に最も大きな影響を与えるのが、これまで政府が明らかにしてこなかった「THCしきい値」(製品の中に含有が許容されるTHCの量)が明文化されるという点です。そして5月30日に厚労省が発表したTHCのしきい値は以下の通りです。

油脂  0.001 % (10ppm)
飲料  0.00001 % (0.1ppm)
その他 0.0001 % (1ppm)

※「その他」には、すべてのエディブル製品および輸入原料が含まれます。

これまで、しきい値が公表されていない状況のなか、THCについてはCOAの検出限界値(LOD)が0.02%(200ppm)以下でTHCが不検出ならば税関を通過していました。これは、2018年にWHO(世界保健機関)が「国際的に規制の必要なし」と判断した「0.2%以下」という数値の1/10でした。そして厚労省は今回、この基準をさらに現在の1/20から1/2000にしようとしているわけです。

この提案のどこがどう問題なのか、そのことを詳しく解説したものはすでにたくさんありますので、ここでは、CBDを健康問題の改善を目的に利用している人が直面するかもしれない「今使っている製品が使えなくなる」という最も切実な問題について考えたいと思います。

2. CBDと医療大麻はどこが違うのか

そのためにはまず、現在日本市場に流通しているCBD製品と医療大麻はどこがどう違うのかを理解する必要があります。

「医療大麻」とは、medical cannabisという英語の訳語として一般的に使われている言葉で、大麻草由来の製剤を「医療目的で」使うことを言います。「医療大麻」と、医療を目的とせず嗜好品として大麻を使用する「嗜好大麻」は、その意図する使用目的が違うだけで大麻草であることに変わりはありません。

大麻草には140種類を超えるカンナビノイドが含まれており、その一つひとつに薬効があると言われています。大麻は数千年の昔から世界各地の民間医療で使われてきた薬草ですが、実際に大麻がどのように人間の体内で医療効果を発揮するのかについては、1990年代に人間の体内にエンドカンナビノイドシステムというものがあることが発見されて以降、ようやく少しずつ科学的な解明が始まっているところです。

初め、大麻の持つ医療効果はすべてTHCの働きだと考えられていました。数あるカンナビノイドのうち、陶酔作用(いわゆる大麻によるハイ)を引き起こすのがTHCであるため、THCばかりが注目を集め、育種家はTHC含有量の高い品種をさかんに開発し、市場にある大麻草のTHC含有量はどんどん高くなり、研究の対象もTHCが中心でした。

そんな状況のなか、2000年代になって、THCだけでなくCBDというカンナビノイドにも医療効果があるという報告が研究者たちから寄せられるようになりました。そしてそのことをいち早く知ったカリフォルニア州の大麻合法化活動家たちが、大麻合法化を加速させる切り札としてCBDを普及させる、という戦法を立てたのです。Naturecan社が活動をサポートしてくださっているProject CBDは、その活動の広報アームとして始まりました。CBDに関する知識を大麻業界関係者や医療従事者に周知させる、と同時に、CBDの含有量の高い品種の種を大麻栽培農家に配って栽培を依頼し、市場への流通を促すという取り組みが始まったのです。

つまりCBDは、大麻に含まれる医療効果を持つカンナビノイドの一つであり、「医療大麻」という大きな概念の一部であると言うことができます。

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3. シャーロットと2014年農業法が生んだCBDブーム

CBDに関する知識が少しずつ関係者の間で広がっていくなか、その知名度を一気に高めたのが、2013年8月にCNNで放送された『WEED』という番組でした。ドラベ症候群という難治性の小児てんかんで、一日に数十回もの発作があったシャーロット・フィギーという女の子の発作が、CBDの含有量が高い大麻製剤でピタリと止まる様子がお茶の間に映像で流れたのです。この番組によってCBDという名前の認知度が一気に高まり、同じ病気の子供を持つ家族が、シャーロットの住むコロラド州に移住するという社会現象を巻き起こしました。

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その翌年の2014年、アメリカの農業に関する包括法である農業法(ファームビル)が改定され、乾燥重量でTHCの含有量が0.3%以下の大麻草は「ヘンプ」という農作物、大麻とは別のものであるとして区別され、指定薬物から除外されることになりました。さらに4年後、2018年に農業法が再度改定され、ヘンプ栽培が全国的に合法化されると、アメリカ国内で一気にヘンプ栽培が始まりました。

1937年にヘンプの栽培が事実上禁止される以前、ヘンプは主に繊維を採るために栽培されていました。ところが2018年にヘンプの栽培が再び合法化されたときには、繊維や種子を採る以外に、CBDを抽出する、という目的が新たに加わっていたわけです。ヘンプ栽培農家は一斉に、CBD抽出を目的としたヘンプ品種の栽培を始め(それによる供給過剰が生み出した問題については後述します)、アメリカのCBD市場が本格的に稼働しました。そして、シャーロットの発作を止めた品種「シャーロッツ・ウェブ」をはじめとするヘンプ由来のCBD製品で多くの人が救われるようになったのです。

4. 制度としての医療用大麻

その一方で、ヘンプの定義に当てはまらない、THCを0.3%以上含む大麻および大麻製剤の医療利用については、アメリカでは1996年のカリフォルニア州を皮切りに、各州で個別の「医療大麻制度」が制定され、2024年6月現在、38の州とワシントンDCで運用されています。また、カナダ、イギリス、ドイツ、オーストラリアをはじめ、医療大麻制度を運用している国も多数あります。こうした制度のもとで利用される医療大麻にはTHC含有量の上限は設定されておらず、病状やその人のカンナビノイドに対する感受性に合わせて適切なTHC濃度を使用することができます。

医療大麻制度の枠組みの中で規制物質である大麻を栽培・加工製造・販売するためには政府の認可が必要で、厳しい検査基準をクリアしたものだけが販売を許されます。そうした条件をクリアしてもなお、医療大麻は「医薬品」ではなく、医師が処方することは許されないものの、使いたい人にはアクセスする術がある、というのが重要な点でしょう。

5. 広義の「医療大麻」に含まれる3つのカテゴリー

整理しましょう。医療大麻という言葉を「大麻草を医療目的で利用すること」と言い換えると、その中には3つのカテゴリーがあります。最も狭い意味では、(A) 大麻草由来の医薬品(臨床試験を経て、政府機関によって医薬品と承認されたもの)であるエピディオレックスやサティベックスがこれにあたります。もう少し広義の医療大麻が、前項で触れた、(B) 政府による監督のもとに運用される医療大麻制度です。そしてさらに広い意味で捉えると、(C) ヘンプ由来のCBD製品によって疾患の症状を緩和させたり生活の質を向上させたりしている人たちも「大麻を医療目的で利用している」と言えると思います。

(A) については、日本でも治験が始まりエピディオレックスの医薬品としての承認が待たれています。承認されればエピディオレックスは保険適用となり、病院で医師が処方することが可能になります。ただしエピディオレックスの治験の対象疾患は、ドラベ症候群、レノックス・ガストー症候群、結節性硬化症という3つの難病に限られています。政府が提案しているTHCのしきい値が施行されればエピディオレックスは「医療用大麻」ではなく「麻薬」となって、治験で対象とされた疾患以外の患者に「適応外処方」を施すこともできません。つまり、狭義の医療大麻、つまり大麻由来医薬品によって救われる患者の数は非常に限られるのです。

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日本には、(B) にあたる「医療大麻制度」が存在しないことはご承知のとおりです。そこで現在、大麻草に含まれるカンナビノイドの医療効果の恩恵を蒙れる可能性のある人のほとんどは、(C) の「ヘンプ由来CBD製品」を使っているわけです。(B) と(C) の違いを簡単にまとめれば次のようになります。

  • (B) はTHCが含有されることによって効果を発揮する疾患の幅が広がる(CBDにはなくてTHCにはある作用やアントラージュ効果などについては、長くなるのでここでは触れませんが、CBDだけでは抑えられなかった症状が微量のTHCが加わることで抑えられるようになるという例は無数にあります)。
  • (B) の製品は政府による監督が行われ、品質管理が徹底されているが、(C) については品質管理に関する規定がなく、市場に出回っている製品の品質にはばらつきがある。

現在厚労省が提案している、CBD製品における含有許容THCのしきい値がそのまま施行されれば、(C) に分類されるCBD製品でかろうじて健康を維持している患者がその道を絶たれることになりかねません。

6. アメリカで勃発した大麻 vs ヘンプの闘い

実はアメリカでも今、ヘンプ由来CBD製品が使えなくなるかもしれない、という懸念が持ち上がっています。農業法は数年ごとにアップデートされることになっており、2024年の改定で、現在の法律に開いている「抜け穴」を閉じ、ヘンプ由来製品に含まれるTHC量を規制しようという動きがあるのです。

その背景には、上述したCBDの供給過剰があります。2018年以降、ヘンプ栽培が急速に普及した結果、CBDが過剰に生産されて販売価格が暴落し、売れ残ったCBDを加工して、陶酔作用のある半合成カンナビノイドを作って販売する業者が急増したのです。これらは「ヘンプ由来製品」であるから政府には規制の権利がないとヘンプ業界は主張し、何ら政府による品質管理監督のないまま、州をまたいで販売できない嗜好大麻・医療大麻制度とは違って50州すべてでの販売が可能です。生産や品質管理にコストがかからず正式な大麻製品にかかる税金もないため、市場末端価格が低くなり、また入手しやすいこともあって、嗜好大麻のユーザーがこうした「サイコアクティブなヘンプ由来製品」に流れた結果、早い段階で嗜好大麻を合法化した州では、多くの大麻企業が経営の危機に直面しています。大麻業界としては当然ながらこれに反発して農業法の改定を求め、ヘンプ業界は今のままの農業法を護ろうとし、今や大麻業界 vs ヘンプ業界の全面戦争の様相を呈しているのです。

7. 日本の患者への影響

ヘンプ由来CBD製品のTHCしきい値が現在の0.3%より厳しくなれば、これまで使っていた製品を使えなくなる患者が発生する、という意味では日本と同様で、これは由々しき問題であり、実際に数多くの患者を診ている医師からも抗議の声が上がっています。ただし日本と違い、それでもそこには(多くの州で)(B) の「医療大麻」が存在します。その部分が完全に欠落している日本の場合、医薬品以外のCBD製品が手に入らなくなれば、患者には何も残りません。

想像力を働かせれば医療大麻を日本で使えるようにする方法はいくつもあるのに、医薬品としてごく僅かな人にしか届かない、いえ、届けない、というのはあまりにも理不尽ではないでしょうか。

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「治験を経た医薬品」ではないものに医療効果を期待したり主張したりするのがそもそも間違いだ、という声も聞きます。理屈を述べていればいい人はそれでいいかもしれません。でも、実際に自分の病気の症状がCBD製品で緩和されたり生活の質が向上している人が「サプリメント」としてのCBD製品を使うことを、そもそも医療効果があり、「毒物」でもなんでもないTHCの含有量を途方もなく低く規定することによって阻害することに、どんな正当性があるのでしょうか。政府関係省庁の方々には今一度よく考えていただきたいと強く願います。

8. 最後に

厚労省が提案するTHCしきい値についてのパブリックコメントは 6月28日の真夜中零時まで、こちらから投稿可能です。是非多くの人の声を厚労省に届けましょう。

一般社団法人GREEN ZONE JAPAN
理事 三木直子